さらに新しい日記

さらに新しく作られた日記

美容ブロガー

高須クリニックの門は叩けてもデパートのコスメカウンターには行けない。

広範囲で使われるフレーズを使って言い換えると、「服を買いに行くための服がない」のと同じ感覚で、美容部員さんに見せる顔がないから、先に高須クリニックに行かないといけなかったのだ。100点を取ってからじゃないと何も世に出すことが出来ないと思い込んでいるのでこのような順番になった。というか未だにコスメカウンターには行けていない。まだ敷居が高い。

そもそもブログや SNS で顔が出ているのに何を今更というところだが、コスメカウンターはそんなこと放り投げてダントツで怖い場所だ。眩しい照明の中を歩き回るだけでも体力を消耗するのに、勇気を出してちょっと商品を見るそぶりをしてみても美容部員さんは私のことに一切気付く様子がない。香水のサンプル紙も差し出されない。日傘を広げていてもお客さん畳みますよと声をかけられない。私はデパートに入ると透明人間になるらしい。


デパートのコスメカウンターに行くことはまるで片想いの相手にアプローチするかのようで、さりげなくを装って、こなれた振りをして、あなたのこといいと思ってるわよ、フフフ、という感じで振る舞わなきゃいけない気がするし、挙動不審にオタク構文を早口で捲し立てる普段の私を出すことは決して許されない。そう、決して。そんなことしてしまったら、嫌われてしまうのだ。誰に?というところだが、接するのは美容部員さんではあるのだけど、実際にはそれが本質ではなく、何かそう、見えないけど見られている世間のような概念に嫌われてしまうことの象徴な気がする。そして私は今日も上手に振る舞うことが出来ない。中学生の少年みたいに。家に帰って、あのときああしていれば、とか、あのときの自分は気持ち悪かっただろうな、なんて思って「ワーッ!」となる。

私はまだまだ見窄らしい。振る舞いに自信が持てず恥ずかしいということは恐らく自分が惨めで見窄らしいという意識を持っているからなのだろう。このヴェールのような、恥やら何やらを生み出すこの意識を早く捨て去って、素敵に振る舞えるレディーになりたい。でも、なれない。恥ずかしい。見窄らしい。憧れのポケモンマスターになりたいな、ならなくちゃ、絶対なってやるー!という直向きさは私にはない。行ったり来たり、している。


つまりだな、私は自分の惨めさや見窄らしさと戦おうとして、高須クリニックに行ったり、アナスタシアに行ったり、脱毛に行ったりしているが、間に自己嫌悪を挟んでもうこんなことやめちまえと揺れ動いたりしている。

次のステージはたぶんコスメカウンターかマツエクのどちらかだ。たのもう、たのもう。順番おかしい気がするのは私もわかってるけどもう戻れないからね。というか、コスメカウンターに行ったことないけど行きたいな、でもやっぱ緊張するし恥ずかしいな、というだけでこんな熱量高い文書く人間のこと接客したくないな、私が美容部員だったとしたら。


Amazon かドラッグストアでしか化粧品を買えない人間の書いた美容ブログ、こんな感じでどうっすか?